episode 22 惑わし

9/11
前へ
/316ページ
次へ
「オペラ?」 我が家の人数分のチケットを手にして、僕は首を傾げた。 「うん。父が携わった劇場の?落とし公演なんだ」 「『こうもり』ってどんな話?」 「芸術に疎い人間に聞く?」 「誘いに来たんだからそれぐらい知ってて当然でしょう?」 「そりゃ、まあ」 いまさらパンフレットに目を通して――。 「平たく言うとだね」 大げさなジェスチャーで拓海が言った。 「浮気者の夫婦がお互いを化かし合うオペラ喜劇の傑作だって」 僕は呆気にとられて、一瞬声を失う。 「どうしてそんな公演!」 斜めの方向を向いたまま、拓海がわざとらしく視線をそらした。 「今の僕たちが、それ見て笑えると思うの?」 誰もが――見て見ぬふりしてるって言うのに。 「きっと楽しいさ。だって喜劇の傑作って書いてある」 「君に聞いた僕がバカだったよ」 ちょうどダイニングの前を通りかかった中川が、屋敷の裏口から訪れた珍客に目を丸くする。 「拓海様!これは失礼を。すぐにお茶の用意をしてまいります」 初老の執事が柔和な笑顔で立ち去ろうとしたその時だった――。 階下にまで響き渡る声で。 双子の兄弟喧嘩が始まったのは――。
/316ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3530人が本棚に入れています
本棚に追加