episode 22 惑わし

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罵りあいの後に――。 耳をつんざく様な女王の悲鳴。 「少々お待ちを――」 中川が血相変えて螺旋階段を駆け上ってゆく。 「僕らも行こう。きっと面白い物が見られる」 下品な野次馬根性を抑えきれず、僕はぽかんとしたまま立ちつくす拓海の手を引いて、中川の後に続いた。 貴恵の部屋の前――。 豪奢なガウンをまっとった征司がニヤニヤしながら突っ立っていた。 あきらかに――様子がおかしい。 見るからに薬でハイになった風情の征司は、手に高級チョコレートの詰め合わせを持っていた。 いささか少女趣味のロココ調の室内。 おろおろするネイリストの足元に転がる繊細な細工のトリュフ。 「本当にっ……信じられない……!」 ベッドにつっぷす形で貴恵が喘いでいた。 「貴恵お嬢様、いかがなさいました!?」 中川が駆け寄る。 「征司が……ヘーゼルナッツのチョコを私にっ……!」 顔を上げた貴恵を見て、僕らはいっせいに息をのんだ。 白雪姫のようなやわ肌に無数の赤い斑点が現れている。 アレルギー反応だ。 「たまたまだ。マニキュアが乾いていないと言うから、口に放り込んでやったんだ」 貴恵には昔からナッツの類にひどいアレルギーがある。 生まれた時から一緒にいる征司が知らないはずはない。 「……わざとでしょうっ!」 咳き込みながら貴恵が征司を問い詰める。 「わざと?そんな恐ろしい人間とは一緒に暮らせたもんじゃないな!」 王様が本音をもらす――。 「――早々に出て行ったらどうだ?」 笑い声を残して、長い廊下をフラフラと去って行く。 ダメダメ。 子供の頃から言われてたでしょう? 怪しい人にお菓子をもらっちゃいけないってさ――。
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