episode 23 オペレッタの夜 ①

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episode 23 オペレッタの夜 ①

オペラ鑑賞当日――。 新劇場のこけら落としとあって、館内はさながらパーティー会場のように盛り上がっていた。 クロークにコートを預け、僕らはロビーで開演前のブッフェに興じる。 「ベルベッド」 シャンパングラスを手にした征司が、僕の座っているソファーの肘掛にそっと腰掛けた。 「おまえの着るベルベッドはそこはかとなく淫靡だな」 猫の毛並みを撫でおろすようにそっと、僕のジャケットに触れる。 「どうして素直に似合っていると言えないんですか?」 僕が見上げると、皮肉屋が目を細めて一瞬だけ優しく微笑んだ。 「――気をつけて。本物のカップルに見えるから」 艶っぽい声音が、笑いを含んで僕らの前を通り過ぎてゆく。 仕事で遅れている九条さんの変わりに、拓海にエスコートされた貴恵だ。 一際目を引く艶やかなヴァレンチノのカクテルドレス。 ハイヒールから伸びる細い足首。 波打つ黒髪とあどけなさを残す唇。 「貴恵お姉様、まさに花だね」 その美しさはロビーにいる老若男女すべての視線を釘付けにしていた。 「あの雌猫、呪われろ」 征司は舌打ちまじりにその後姿をねめつける。 「気をつけてお兄様。言霊と言うのご存知でしょう?」 僕はそっとたしなめる。 「悪い言葉ばかり発していると、そのまま自分に返ってきますよ」 「おもしろい」 征司は鼻で笑って、イタリアンシューズの爪先をそっと打ち鳴らした。 「おまえこの後、俺につき合え。イヤとは言わせないぞ?」 さあ、大変――。 オペラ座の夜 ベルベッドに欲情した王様から 久しぶりのお誘いだ――。
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