episode 23 オペレッタの夜 ①

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その時――。 「お待たせ――どうにか間に合った」 バルコニー席に飛び込んできた件の人。 ビジネススーツのままでも、彼は高貴で誰より美しい。 「今ちょうどおまえの噂をしていたところだ。なあ和樹くん?」 九条家の当主が悪戯に微笑んだ。 「え?」 僕に目を向けたまま、九条さんの笑顔が引きつった。 「和樹とは随分仲良くしてもらってるようだね――」 天宮家の当主の一言に。 みんなの視線が交錯して九条さんに突き刺さる。 「いいえ、お父様――。和樹はいろいろと良くしてもらっていると言ったんですよ」 お遊びのつもりか、薫は意味深に父の耳に囁いた。 「ちょうどいいわ。私、拓海さんにNYの面白い話を聞いていた途中なの。あなた、和樹の隣にお座りになって」 貴恵は口元にだけ完璧な笑みを浮かべて、しらっと拓海と最前列の座席に座った。 拓海の勝ち誇った横顔――僕は見逃さなかった。 その時、開演を知らせるブザーが鳴って場内は一時的に暗闇と化した。 「とにかく――座ろうか」 僕の隣に並んだ九条さんが、暗闇で自然に僕の手を取って座席に導く。 「願ったり叶ったりだ」 そっと僕の耳元に口づけて、そのまま場内に明かりが戻るまで九条さんは僕の手を握っていた。 オペラが始まる前から 僕らの特等席だけは 随分とドラマチックだよ――。
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