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「ねえあなた、ロビーでマティーニでも飲まない?」
貴恵の声に九条さんが気をとられた瞬間、僕は腕を引いた。
「行って。大丈夫だから――」
そっとハリー・ウィンストンの十字に口づける。
「信じて――なんとかする」
不安げな視線を残したまま、『今行く』答えて――九条さんは席を立った。
「なんとかって、どうするつもりだ?」
事情を察した前列の薫が、椅子の背もたれ越しに僕に問いかける。
「難しい話じゃないだろ。征司兄さんを拒絶すればいい」
そんなことは
他人に指摘されなくたって
僕が一番良くわかってるさ――。
「なぜできない?情か?」
情なんてあったら
むしろとっくの昔にこんな関係
断ち切っていたはずだ。
「でなきゃ、拒絶できない理由はひとつだろ?」
結局は僕が
心のどこかで征司に依存しているから。
完全に拒絶する事で
失いたくないと思うズルイ心があるから。
うっすらと笑みを浮かべたまま立ち上がり、薫は僕を追い越していく。
「どこ行くの?」
「喫煙所だ。昨今喫煙者は風当たりが強くてね。一度劇場の外まで出なきゃ灰皿も用意されてない」
「――薫お兄様」
出口の扉に手をかける薫を僕は呼び止めた。
「――今、あの薬持ってる?」
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