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少し遅れてロビーに出た。
「僕にも少し――ちょうだい」
賑わうゲストの傍らに、浮かない顔した拓海の姿を見つけた。
「俺の飲みかけだよ?」
「いいの。さすがに未成年には甘いジュースしか出してくれない」
僕はマティーニグラスに口をつけると一気に飲み干した。
「貴恵お姉様、持っていかれたの?」
「いいや」
自嘲気に笑って拓海は呟く。
「もともと俺の物だったことなんてない」
切ないため息。
出会った頃よりぐっと憂いをおびた目元。
「君、本気になったね?」
誘惑してみせると豪語していた色男はすっかり影を潜めた。
「笑うといいよ。ミイラ取りがミイラになったって」
拓海の視線の先、彼を虜にした女神が優雅にグラスを傾ける。
真珠のように輝く白い肌に魅惑的な赤いルージュ。
黒く艶めくアイラインと長い睫毛。
「一番諦め切れないのはさ、俺が彼女を誘惑したところで、兄貴が傷つかないって事さ」
そう、普通ならそこで抑え込まれるはずの禁断の感情。
「なら諦める必要はないよ――お姉様だってきっとそう望んでる」
「勝手なこと言うなよ」
「いいや、僕には分かるよ。君がお姉様を病院へ運んだあの夜から――2人の間には変に色っぽい空気が漂ってる」
「まさか」
「実際、嬉しかったんだと思うよ。征司お兄様から守ってもらえたのがさ――」
僕はポケットの中で
例の巻きタバコを弄んでいた。
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