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舞台が終わった劇場のロビーで
もうひとつ
とっておきのドラマが始まるよ――。
「何事だ?」
天宮家の当主が悠長に構えてられるのは、まだこれから起こることが何も分かってはいないから。
「警察じゃないの。ぶっそうだわ」
九条の奥様がマカロンみたいに大きな胸元のサファイアに手をやりながら、ご主人に寄り添う。
「何の騒ぎなの?」
パウダールームから戻った貴恵が、陶器の様になだらかな頬を上気させ目を見張った。
足並みそろえてロビーまでやってきた男たちは、狙いを定めたように僕ら一族に目を向けた。
「ただ事じゃないな」
薫はこの異常事態の原因が、自分が持っていた怪しい巻きタバコに起因するものであることをまだ知らない。
そして――。
「見ていられない」
額に汗する拓海の意に反して――。
オペラ公演にはいささか貧相すぎる身なりの刑事たちが、いっせいにこちらへ歩み寄ってきた。
円を描くように、僕らの周りから遠巻きに人気が引いてゆく。
「天宮征司さんですね?」
組織の長らしき、目つきの鋭い男が征司の真ん前に立った。
「他の誰に見える?」
征司はパンツのポケットに両手を入れたまま、刑事を見下ろし挑発的に笑った。
だけど――。
「失礼します――」
有無を言わさぬ素早さで、刑事が己のジャケットの胸ポケットに手を突っ込んだ瞬間。
「大麻不法所持の現行犯で逮捕します」
ようやく
自分の置かれた状況を理解して
悪酔いしたみたいに青ざめた――。
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