episode 24 オペレッタの夜②

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九条さんはワインを一息に飲み干し、音を立ててグラスをテーブルに戻した。 マナーにうるさい彼にはありえない行為だ。 「いつまで逃げてるつもり――?」 綺麗に整った眉がほんの少し苦痛に歪む。 「逃げてるってどういう事?」 彼の言いたい事は、痛いほど分かっていた。 それでも僕は愛する彼の口から、言いにくい言葉が洩れる瞬間を享受したかったのかもしれない。 「言ってよ」 もしくはそうすることで――自分の苦悩の一端を彼に背負わせようとしているのか。 「僕は何から逃げてる――?」 そうでなければお決まりの、自虐的な快感を味わうため――? 「自分の気持ちからだよ。こんな形でうやむやにしただけで――結局君、今日も征司くんの誘いを断れていないんでしょう?」 そう 僕は真実をこうして 愛する彼の言葉で 突きつけられなければいけなかった。 「僕の心の醜くて正直なところを知りたい?」 僕は九条さんの目を見つめたまま、そっと問いかけた。 「それとも上手につける綺麗な嘘が聞きたい?」 彼を愛したと悟った時から。 僕は自分の真性の浮気性――いや依存症と向き合わなくちゃいけない日が来るって、ずっと分かっていた。 「――もちろん本心を」 揺るぎない愛に溢れた目をして、九条さんは言った。 どんなに濁った水でも 僕が差し出せば 彼は飲み干す覚悟なんだ――。
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