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僕が屋敷に戻ると、玄関先で意外な人物に出くわした。
「よお、和樹」
「拓海――こんなとこで何してるの?」
「おまえこそ、こんな時間まで兄貴と一緒だったな?」
拓海は僕の背後に回って、いやらしくジャケットに鼻を寄せた。
「何で?」
「香水。兄貴も少しは気にしろよな」
僕は肩をすくめて少し笑った。
「九条さんなら今日はホテルに泊まるって。変だね、天宮の人間になったはずの彼は戻らないのに弟の君が屋敷にいる」
拓海も自嘲気に笑って頷いた。
「貴恵さんを送ってきた」
「へえ」
「へえってそれだけか?」
僕は拓海の顔を見据えて首を横に振る。
「あのさ、その話の続き本当に僕に聞いて欲しい?」
「え?」
「逆にさ、君は聞きたい?僕と君のお兄様の情事の話とか」
拓海の顔に嫌悪と羞恥の色が同時に浮かんだ。
「少しは口を慎めよ。それでなくてもあんな事件があった後に何してるんだって話だ」
「お互い様でしょ?勘違いされると困るから言いたくないけど――君、なんだかちょっと色っぽいよ」
根っから無邪気で正直な拓海に隠しきれるはずなんてなかった。
「俺たちはおまえが考えてるような事はまだ……」
「俺たち?……まだ?」
言葉尻からだけでも何かあったんだって丸分かり。
「キスだけだ――」
夢見るような目をして、拓海は澄んだ空気の夜空を見上げた。
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