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「一緒に行こうか?」
病院の車寄せにポルシェを止めて、九条さんはフランク・ミューラーの腕時計に目をやった。
「いいよ。時間ないんでしょう?」
「そうだね。君が悪戯ばかりするから――」
九条さんは目を細めて愛しげに僕の手を握った。
「それに、他人の僕が顔を出しても逆に煩わしいだろうしね」
「いや。血がつながってたって、僕と会う方がお体に触ると思うけど」
僕は笑って、九条さんの指先にそっと口づけると車を降りた。
「和樹――」
突然。
九条さんが窓から手を出して、名残惜しげにも一度僕の腕を捕らえた。
「なに?」
「君、いつからかそんな風に笑うようになったね」
僕は彼の言わんとするところが分からないまま、小首を傾げた。
「すごく優しい顔してさ――」
九条さんは少し切なげな憂いを含んだ瞳で、じっと僕の顔を見つめる。
「よしてよ、急に」
そんなこと言われた事ないから、どんな顔していいのか分からない。
「今夜また僕に会いに来てくれる?」
俯いたままの僕を覗き込むようにして、九条さんが確認する。
「もちろん。おあずけ食らったままだもの」
僕は人気がないのを確認してから、形の良い唇に軽く口づけた。
「必ず行くよ――」
そう、約束して――。
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