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「兄貴のところに行くの?」
暗闇に響く拓海の声は、いつもより低く落ち着いて聞こえた。
「そうだよ。君は――聞くまでもないか」
女王に会いに来たのだ。
「俺たちって懲りないね」
自嘲的な含み笑いで拓海が言った。
「ホテルまで裏の林を抜けて行くつもり?」
「うん。それが一番早いからね」
立ち去ろうとする僕の腕を拓海が掴んだ。
「暗闇は怖いだろ?明るいところへ出るまでつきあってやるよ」
掴まれた腕がひりひりと熱を帯びる。
「別にいいよ。僕って、見た目ほど軟弱じゃないんだ」
冗談めかして拓海の腕をほどく。
でも――。
「いいだろ?君に話したいこともあるし」
拓海は有無を言わせず僕の後をついてきた。
僕の口から、無意識にため息が洩れる。
僕らはしばらく無言で、夜露を含んでしっとりとした落ち葉を踏んで歩いた。
半歩後ろを歩く拓海の足音だけがやけに大きく聞こえる。
「風がいい香り」
今日の夜風は胸の奥をきゅっと切なくさせる、どこか懐かしい香を運んでくる。
このシチュエーションが
僕をどこか
メランコリックな気分にさせていた。
「なあ、和樹――」
目の先に街の灯りが見えてきた頃。
半歩後ろを歩いていた拓海の足音が止まった。
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