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机につっぷしたまま――。
寝てしまっていたんだ。
久しぶりに、子供の頃の苦い夢を見た。
僕は鏡の前に立って。
陶器みたいに白い頬に読みかけの本のあとがあるのをさすった。
部屋を出て居間へむかう途中。
『弟の和樹さん、本当に大学にいらっしゃらないの?』
『あの子は人づきあいが嫌いなの。家で勉強して通信制の大学を卒業するそうよ』
春の日が差すテラスで。
姉の貴恵と大学の友人たちが僕の噂話をしているのが聞こえてきた。
『家に引きこもるなんてもったいないわ――だってあの美貌よ』
『ええ、ホント。所作もお姿も美しくて、年下だって分かっていてもドキドキしちゃう』
『あれは見てくれだけ。あの子の素性は知ってるでしょ?所詮庶民の猿真似、いやらしくて下品だわ』
夢で見たあの日と同じだ――。
愛らしい色香を含んだ小鳥のような声音で。
21歳になった貴恵が僕を蔑んでいる。
『それじゃあ私が本物の紳士にしてさしあげようかしら?』
『およしなさい、あなたの品格が傷つくわ』
どっとわきあがる、鈴のような笑い声に。
「みなさん、いらっしゃいませ。ずいぶんと楽しげなティーパーティーですね、お姉様――」
僕は声を重ねて笑った。
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