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アフタヌーンティーの銀食器に並ぶ色とりどりのケーキの中から。
クリームたっぷりのケーキを皿に盛ると
「さあ、お食べ」
貴恵は後ろ手に縛られた僕の鼻先にそれを突きつけた。
友人たちの驚愕と好奇の目。
僕は上目遣いに貴恵を見上げる。
「どうしたの?」
貴恵は指先で優しく僕の前髪を斜めにすいた。
僕は貴恵を見上げたまま――。
唇と。
鼻先と。
頬まで。
たっぷりとクリームにまみれて、ケーキに食らいついた。
「いい子ね――野良犬みたい」
悪意に満ちた貴恵のまなざし。
僕のシャツの胸元に――。
ケーキのフルーツソースがだらしないシミを作ってゆく。
好奇の目で見ていた貴恵の友人たちからは、甘美なため息がもれ始めた。
その時――。
「な、何をなさってるんです!」
新しい紅茶ポットを持ってやってきたこの家の執事長、中川の声がテラスに響いた。
「和樹坊ちゃん!貴恵様なんてことをっ……」
貴恵はとがめられ、僕の両腕はただちにほどかれた。
「戯れ――ただのお遊びよ。ねえ和樹?」
貴恵は悪びれずそう言うと、退屈そうに長い髪をかき上げた。
「ごちそう様でした――お姉様」
僕はナプキンで口元をぬぐって、足早にテラスを後にした。
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