夢の男

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  恐る恐る振り返ってみると、そいつは車に数メートル跳ね飛ばされて倒れていた。   ぴくりとも動かない。 車から下りてきた人が駆け寄り体を揺する。 ぴくりとも動かない。 倒れたそいつは使い古した革靴に、色あせたコート。 跳ね飛ばされながらも今だ両手はポケットに突っ込んだままという かわいそうな姿だった。 脱げたハットからは薄くなった髪が雨に濡れて地肌にへばり付いている。 動かない哀れなそいつに少し心配になってきてしまった。 だいじょうぶですか だいじょうぶですか   車の運転手と一緒に 男に問いかける。   うめき声をあげながら 男は人知れず ニッ! と笑った。     だいじょうぶですか だいじょうぶですか      ―――――ニッ!!   だいじょうぶですか      ―――――ニッ!!   あまりに動かないので顔を覗き込んでビクッとしてしまった。 まだ不敵に笑っていたのだ。 そして震えながらポケットから手を出し…… ハンカチを差し出して…… 「手を洗ったら……、  ハンカチを……  どうぞ…………」 良い人だった。  完。
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