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「あれは半年ほど前の事でした。ある晩、一人の男があの井戸で遺体となって引き上げられました。変わり果てた姿で発見されたそれは……私の夫でした」
カヤの表情が一瞬だけ歪む。しかし再び感情を押し殺して無表情を貫き、話し続ける。
「それからというもの、あの井戸で転落死する者が後を絶たず、今日で六人が亡くなりました」
「そうか。すまないな、嫌な事を思い出させた」
いいえ、とカヤは健気に笑って見せる。
「私も、いつまでも挫けてなどいれませんから。割り切って行かねば、この先も生きて行けません」
「気丈だな」
「そんな。勿体無いお言葉ですよ」
そう気さくに笑い飛ばすカヤ。対する妖怪はそれ以上何も訊かなかった。
だがそんな妖怪と打って変わり、今度はカヤの方から質問を投げる。
「旅のお方は何故そのような事を気になされているのですか?」
妖怪は仮面の奥の目を僅かに落として告げる。
「いいや、もしかしたらそれは私の知り得る範疇の出来事なのかもしれんと思ってな」
「知り得る範疇……?」
カヤは首を傾げる。
そんなカヤに妖怪は訊く。
「あの井戸の水は、炊事や飲み水としても使われているのか?」
「ええ。村の水源はあの井戸しかありませんから。他の水は山の奥から汲んでくる他ありません。……死人が出た時も、井戸の水を汲み取ってから再び湧いてくる水を一度煮てから使っていました」
「そうか……」
一言告げ、妖怪は立ち上がった。
「何処へ行くのですか?」
「井戸だ」
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