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 時は数時間前にさかのぼる。  「しにが・・・み?」  現場を見た俺は無意識につぶやいていた。遺体が存在していたことを主張する人型のビニールテープは被害者が壁にもたれるようにしてフローリングの床に座っていたことを示している。投げ出された2本の足の間、ちょうど又の所にその文字は、綴られていた。血で。「み」の字の丸い部分は、にじみで穴がつぶれて少々読みにくくはあったが、しっかりとした筆跡で、確かに、“しにがみ”と読めた。それ以外の何らかのメッセージが込められている可能性は、ゼロのように思えた。何の根拠もないのに。血で綴られた“しにがみ”の文字が他の可能性を全て塗りつぶしているのではないか。そう思えるほど強烈なものだった。  遺体は本当にひどい状態だった。かぶせられていたシートを少しめくっただけで、体中が傷だらけであることが容易に推測できる。発見時、部屋の明かりはすべて消され、遮光カーテンの隙間から漏れる光で、かすかに周囲が確認できるといった状況だったようだ。薄暗い部屋の中で、壁にもたれかかるようにしてこと切れている人間と不気味な血文字を想像し、思わず身震いした。  「死因は?」  現場に年配の刑事と一緒に駆け付けたタカが忙しく動き回っている捜査員のうちのひとりを捕まえて訪ねている。  「はい。断言はできませんが、失血死だろうとのことです。」  「発見者は?」  「このアパートの住人で、22歳の女性です。被害者と同じ大学の同じ学科に所属しているそうです。現在は別室で待機してもらっています。」  「そうか。」  このやりとりの後、彼がこちらに目配せをした。どうやら発見者と会ってこいということらしい。通り一遍のことはすでに別の捜査員が聞き終えたであろうから、少し探りを入れろということだろうか。  「はいはい。本庁のご意向とあらば・・・。」  誰にも聞こえないように呟いてからおれは別室へと移動した。  警視庁と所轄といえど俺と彼は同時期に採用されている。しかし階級は彼のほうが上だ。本来ならば、敬語で話すのが筋である。しかし、大学からの付き合いの俺たちが、どちらか一方のみ敬語で話す姿は想像できなかった。いや、想像はできたが滑稽だった。
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