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「びっくりしたじゃない、何ぶつぶつ言ってるの?」
小鳥のようにビクッと振り返ると母親が立っていた。
「あ、いや……これ、取りに来たんだ」
傍らに置いたグローブを手に取る。
「ええ、そうちゃんにはまだ大きいんじゃない?新しいの買ってあげたら?」
ぱたぱたと台所へ消えていく母を見送って、日記を片付けた。
「これを使ってほしいんだよ……」
僕の宝物。
最後の箱を押し込んで襖を閉めると少年の日に食べたカレーの匂いが漂ってくる。
「お腹空いてたらカレーがあるわよー」
グローブを左に抱えた俺は台所へ向かった。
「やった、僕の大好物!」
ついふざけて昔の呼び方で自分の事を僕と言うと、すかさずカウンターパンチが返ってきた。
「なあに僕なんて、おかしな子ね、奥さんに言ってやろ」
「よ!嫁のは嫁のでまた格別な……!ゴホッゴホ」
僕の事か、カレーの事か……どっちにしても気恥ずかしい。
むせる俺の姿に母は穏やかに笑っていた。
「分かってるわよやあね、ゆっくり食べなさい」
それより和室ちゃんと片付けて帰ってよ?
片付けたよ、もう……
うるさいな。
はいはい、18時頃父さん帰ってくるわよ?
うーん、聡太が待ってるからな……キャッチボールする約束なんだ
ふふ、ちゃんとお父さんしてるじゃない
ったりめーだろ
夕方の一軒の家。
ありふれた風景。
全ては……俺の宝物だ。
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