キオク

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 ボクが夢を“見なく”なったのはいつ頃からだろうか。今よりももっと幼かった頃はどんな夢を見るのか、毎日ワクワクしていたっていうのに。  車がせわしなく走る音を耳にしながら、ボクは学校へと向かっていた。昨日のジトジトした雨とは打って変わり、今日の空には透き通った蒼が広がっている。その暑さのせいで背中がだんだんと湿ってくる。ボクは自転車を漕ぐ足を速めた。 ボクは、はっきり言って自分が他人と大きく違うところなんてないと思う。テストの点数だって普通。運動もできなくはないが、何かに秀でているものなどない。だから、ボクは皆の中の一人。自分のことをそんなふうに思っていた。 教室に入っても、普段と変わらない光景が広がっていた。そんな中、“今日”、ボクの目についたのは、黒板に新しく貼られた『高三学力模試』の知らせだった。ボク達受験生はそんなふうに頻繁に数値に変換され、順番にされる。ボクは軽く溜め息をついた。 最近、自分が嫌になることがある。周りに埋没する自分なんて。『普通が一番』なんて言う人がよくいるけど、それは普通ではない人だからそう言えるのだ。普通であるボクは他人とは違う人間でありたい。そうでないと、ボクを“ボク”として認識できなくなるから。 勿論、自分が数値化されるのは嫌だ。しかし、ボクの心の中に、順番に並べられてもよいのではないか、という気持ちもある。他人と比較することによって、ボク自身を認識できるから。 そう考えると、ボクは自身をボクだけで認識することはできないということだろうか。もしできないのなら、“ボク”は他人との比較によって行われているということになる。その“他人”だってそれ以外の他人によって自身を認識している。つまり、どこまで追っても認識の基準はない、ということだろうか。そうであるならば、ボクは、皆は、一体何なのなんだろう。 そんなふうに余計な事を考えつつ、ボクの日常はいつまでも続く――はずだった。
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