キオク

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『その』日の午前中の授業が終わると、ボクは友達と昼食をとっていた。最近のテレビ番組のことや、部活の事など、たわいのない話をしていた。そんな中、一本の放送が入った。 ボクは何か粘っこいモノで絡みつかれたような足どりで職員室へと向かった。ボク一人だけを職員室に呼ぶなんて、何かを注意されるときだけだ。思い当たるふしがないかどうか、頭の記憶を引っ掻きまわした。そうしている間に、ボクは職員室に着いていた。入り口のドアの前にボクのクラスの担任の教師が立っていた。その人はボクが近くまで寄ると、じっとボクを見つめながら、重たげに口を開いた。 周りの世界が、止まった様な気がした。耳に入ってくるのは、ゆっくりと脈打つボクの心臓の音と、少し荒くなっている呼吸音だけ。普段は何とも思わず、当たり前にあるものだと思っていた自分の身体が、ひどく遠い存在の様に思われた。 父さんが、交通事故で亡くなった――あまりに突然の死の知らせに、ボクは何か大きなモノを失った気がした。父さんは、もう他人の記憶でしか存在しない。そして、“ボク”の一部も、なくなってしまった様な気がした。 人が死ぬことによる悲しみなんて、言ってしまえばただの虚無感が変化したものなのかもしれない。亡くなった人はもう実在しない。他人の記憶の中でしか存在しない。その記憶は、時間が経てば経つほどになくなってゆく。――そんなことを考えながら、ボクはロボットの様に無感情に動いていた。いや、無感情でいなければならない。少しでも悲しみなんていうものがボクの中にあれば、体の芯から、なにかドロドロしたモノによって腐食されてしまいそうだから。 クラスメートたちは、黙々と動いているボクに何も話しかけてはこなかった。彼らにしてみれば――もちろんボクもそうだろうけど――こういう気まずい雰囲気の中ではそっとしておくのが一番だと思っていた。実際、今話しかけられたら、お互いに気分が重くなるだろう。そんなことはわかっている。しかし、今ボクは何故か無性に自分自身を腹立たしく思った。
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