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そんな感じでお互い一言も言葉を発さずに(私は喋りたくても喋れないのだが)いたのだが、森に入ってちょっとしたところで男はふと立ち止まった。
しかし男は何かをするということもなくその場で下を向いたままでいた。
今なら逃げれるかとも思ったが、縄が手から離れたら流石に気づくかと思い直し、このままでいても埒があかないので意を決して男に歩み寄って声をあげる。
「んーっ、んー!」
すると男は我に返ったのか、私の方へ向きなおった。
「あ、あぁ悪いな。ちょっと待ってろ」
すると彼は腰に下げていた短刀を取りだし、何を思ったのか私を縛りつけていた縄を一太刀で掻っ切った。
「さ、好きなところへ逃げてくれ」
そう言い、私の口から手ぬぐいを取りだしてから私に背を向けて歩きだす。
「ちょ、ちょっと待って。なんで?」
男の意図がわからなかった私は歩き出した男を呼び止める。
「なぜって、おれにはお前を捕まえる理由はないからな」
「捕まえる理由はないって……そして帰ってどうするの?私を逃がしたなんて言ったら怒られちゃうじゃない」
「ああ、それなら大丈夫だ。おれはもう里には戻らない」
私はますますこの男の言いたいことがわからなかった。
「戻らない?なんで?」
「誰かに話すつもりはなかったんだが、まぁ話してもいいか。どうせ鳥頭だしな」
「鳥頭で悪かったわね」
男は私の方へと向き直り、今まで下げていた目線を私よりはるかに上、この木々の間から見える星空を見ながら小さく話しはじめた。
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