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「いえいえ、とんでもございません。こちらこそ、遅れてしまい、大変申し訳なく思っております。こういった地域に来るのは初めてなものでして、道に迷ってしまいました」
よく言うなと、和樹は思った。
秘匿中の秘匿のこのビル内の和樹のいる部屋すら分かっていたこの男が、ビルの所在すら分かっていなかったなど考えられない。
和樹はこのビルのことを未だかつて誰にも話したことが無いのだ。
招いたことだって一度もない。
なのに、
どうやればビルの所在抜きに和樹の部屋のみを知ることができるというのか。
(まぁ、向こうも信じてもらおうなんて思っちゃいないだろう。こっちの感情を引き出そうってところか。しかし、ここに来るまでの落ち着きといい、この対応といい、ホントいい度胸してるな)
和樹は内心で男のスペックを測る。
男は単身で乗り込んできただけでなく、この場で初っ端から和樹の気を逆撫でするような発言をしてきたのだ。
根性については間違いなく据わっているものと見える。
口調も冷静だ。
もしかしたら、少し手強い相手なのかもしれない。
「ハハハ。確かに、この辺りは似たような建物ばかりで探し当てるのに苦労されたことでしょう。迷って変な所に入り込んでしまったりはしませんでしたか?」
「えぇ、何とかね。手探りで探しに探してようやくここまで辿り着いた次第です」
「それはご苦労をおかけしましたね。まぁ、立ち話もなんですし、とりあえず座ってください。お茶もお出ししますよ。それともコーヒーの方がよろしかったですか?」
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