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「大したものではありませんが」
和樹はそう言って、コーヒーを男の前に置く。
毒は入れなかった。
遅効性の痺れ薬程度なら良いかとも思ったが、男のこの余裕な姿を見ると、勘づかれる危険性を否定しきれなかったのだ。
制するだけなら、和樹の個人技だけでどうにかなる。
どうにかならなくても、部屋の外の大量の罠で逃げられることはない。
それならば、ここでの無理はする必要の無いものだ。
むしろ、敵意が無いことを伝えて油断させる方がよっぽど意味がある。
「ありがとうございます。ちょうど喉が渇いていた所なのです。ご厚意のままに、早速いただきますね」
しかし、
男はそう言って、コーヒーをブラックのままでクイッと口に含み、一気に3分の1近く飲み込んだ。
流れる動作で、遅滞は一切見受けられなかった。
疑う素ぶりはまるで無い。
毒が入っていないなんて当たり前だとでも言わんばかりの飲みっぷりだった。
和樹は微笑みの表情を崩さず、一礼して対面のイスに腰掛ける。
見抜いているのか疑い自体がそもそも無いのか、判断がつかない。
ここまで思い切りがいいと、後者を考えたくなる。
だが、
この状況下がそんな楽観視を許さないと告げている。
和樹の頭の中では、未だ警報が鳴りっぱなしだった。
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