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「それがそもそも不可解なのですよ。何故、会ったこともない私の名前を知っているのです?それに、さっきの道に迷ったどうこうも明らかに嘘でしょう。案内板もないこのビル内で、私の部屋を初見でこんなに早くに探し当てるなど不可能です。……あなたは、一体どこで私の個人情報を取得するに至ったのですか?」
本題に向けて、和樹は話題をどんどん掘り下げていく。
話を後回しになどさせるつもりはなかった。
自分のホームで、むざむざ話の主導権を渡すつもりはない。
「おやおや、ゆっくり話をする暇もありませんか。ずいぶんとせっかちな方のようですね。まぁ、特に意外というわけでもありませんが」
男は明らかに語気の強くなっている和樹の言葉にも飄々とした態度で対応する。
和樹の『職業』を知っていながら、ここまで強気でいられるあたり、脅しや恐喝はもしかしたら効果が薄いかもしれない。
「まぁ、とは言っても、私も別に話すつもりがないわけではないんですよ。なんせ、私はあなたと、取引をしにきたのですから」
「……取引?」
和樹は訝しんだ表情で眉毛をピクリと吊り上げる。
男はしめたとばかりに口元を緩めた。
和樹の殺気に動じないばかりか、完全に狙ったタイミングで向こうのカードを切られた。
和樹は内心で舌打ちを漏らす。
主導権は、結局男の手に渡ってしまったようだ。
「えぇ。こちらの手札はあなたの個人情報です。あなたの出生からこれまでの行いに至るまで、こちらはそのほとんどの情報を取得しています。この取引に応じていただけないようであれば、それらの情報はこの情報社会の荒波の中に放り出されてしまうこととなるでしょう。修復や隠蔽など不可能なくらい大きく拡散できるよう、こちらは既に準備を整えております」
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