【第一章】来訪者

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「聞いていますか、桐谷和樹さ」 男の声はそこで途切れた。 熱烈に話をしている中、一切聞いていなかった和樹に注意しようとした最中のことだった。 男の腹にナイフが刺さっている。 血が刃の付け根からポタポタと滴り落ち、床に血溜まりを作る。 男は、それを呆然とした表情で見ていた。 「いい加減うるさいんですよ。設定の話は済みましたか?私はこれでも暇ではないんです。ゴッコなら他でやってください。今は……リアルの話をしましょう」 和樹はそう言って、不意打ちで男の腹に刺したナイフの取っ手を掴む。 急所は外した。 止血すれば死にはしない。 和樹は刺したナイフを乱暴に引き抜く。 ピシャッと血の吹き出す音が鳴り、血だまりがその量を増した。 常人なら慌てふためくシーンだ。 自分の体からこれだけの血が抜けて、慌てない人間などいない。 痛みも凄まじいはずだ。 まだ脳が事態を把握していないだろうが、和樹は関係ないとばかりに男の頭を掴み、床に叩きつける。 顔面いっぱいに自らの血がベッタリと付着し、息もしにくいはずだ。 和樹は無表情のまま、男の後頭部を掴んで離さない。 反撃の余地を残すつもりはないのだ。 このまま血溜まりで呼吸を止めて気絶させ、体を縛る。 あとは、拷問の時間だ。 この男から情報を絞れるだけ絞り出し、その背景の人間を気付かれずに全て抹殺する。 それで、この一件は終わりだ。 和樹はハァァァと落胆の息を吐いた。 散々待ち続けて、警戒するだけして、フタを開ければこんな男だ。 一体自分は、この状態に至るまでに何をモタモタしていたのか。 さっさと行動に移しておけば良かったと、和樹は自己嫌悪のため息をも吐き出す。 しかし、 それももう終わりだ。 ここから先は単なる作業だ。 難しいことなど何も無い。 和樹は改めて男に目を向ける。 だが、 和樹はこの時点で明らかに油断していた。 事は、まだ終わってはいなかったのだ。
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