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「聞いていますか、桐谷和樹さ」
男の声はそこで途切れた。
熱烈に話をしている中、一切聞いていなかった和樹に注意しようとした最中のことだった。
男の腹にナイフが刺さっている。
血が刃の付け根からポタポタと滴り落ち、床に血溜まりを作る。
男は、それを呆然とした表情で見ていた。
「いい加減うるさいんですよ。設定の話は済みましたか?私はこれでも暇ではないんです。ゴッコなら他でやってください。今は……リアルの話をしましょう」
和樹はそう言って、不意打ちで男の腹に刺したナイフの取っ手を掴む。
急所は外した。
止血すれば死にはしない。
和樹は刺したナイフを乱暴に引き抜く。
ピシャッと血の吹き出す音が鳴り、血だまりがその量を増した。
常人なら慌てふためくシーンだ。
自分の体からこれだけの血が抜けて、慌てない人間などいない。
痛みも凄まじいはずだ。
まだ脳が事態を把握していないだろうが、和樹は関係ないとばかりに男の頭を掴み、床に叩きつける。
顔面いっぱいに自らの血がベッタリと付着し、息もしにくいはずだ。
和樹は無表情のまま、男の後頭部を掴んで離さない。
反撃の余地を残すつもりはないのだ。
このまま血溜まりで呼吸を止めて気絶させ、体を縛る。
あとは、拷問の時間だ。
この男から情報を絞れるだけ絞り出し、その背景の人間を気付かれずに全て抹殺する。
それで、この一件は終わりだ。
和樹はハァァァと落胆の息を吐いた。
散々待ち続けて、警戒するだけして、フタを開ければこんな男だ。
一体自分は、この状態に至るまでに何をモタモタしていたのか。
さっさと行動に移しておけば良かったと、和樹は自己嫌悪のため息をも吐き出す。
しかし、
それももう終わりだ。
ここから先は単なる作業だ。
難しいことなど何も無い。
和樹は改めて男に目を向ける。
だが、
和樹はこの時点で明らかに油断していた。
事は、まだ終わってはいなかったのだ。
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