162人が本棚に入れています
本棚に追加
「さて……」
再び聞こえる、男の後頭部からの声。
途端、
和樹のコメカミを掴んでいる手の力が増した。
一気にいきなりだった。
そして、
男はそのまま和樹の首を引っこ抜くかのような勢いで後ろに投げ飛ばす。
和樹は宙で一転して背中から地面に叩きつけられるような形となり、表情は混乱に歪む一方だった。
だが、
そのまま悠長にもしてられない。
和樹は素早く身を起こすと、男に背を向けずにそのまま扉まで跳び下がった。
男に向けて、一瞬外れた視線を再び入れ直す。
和樹の脳内では危険を報せる警報が喧しく鳴り響き、神経はいつも以上に鋭敏に稼働していた。
思考は展開にまるで追い付かず、体は緊張にひどく強張っている。
しかし、
男の方は、そんな和樹とは裏腹にとても緩やかに動いていていた。
和樹がここまでの動きをした中で、男の取った動きは一つだけだ。
さっき変な方向に曲がった腕をゴキリッと音を鳴らして元に戻し、その曲がっていたはずの腕から伸びた手をそのまま床につけている。
和樹はその様子を呆然としながら見つめることしかできなかった。
チャンスだったのかもしれない。
でも動けなかった。
悪い意味で、夢のようだった。
最初のコメントを投稿しよう!