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「私は元来のんびり屋でね。本当はこんな無理矢理理解させるようなやり方は好きじゃないんですよ。でも事が事ですから。仕方ないんです」
男は床についた手を軸にして、寝転んだ体制からゆっくりと立ち上がってくる。
まるでホラーだった。
あれだけ長い時間考え続けてきたシチュエーションの中に、この展開は入っていなかった。
「あなたはかなりのリアリストだ。順序立てて話してもこうなることは目に見えていました。でも、まさかこの私を地に伏せるとは思いませんでしたよ。あなたはやはり、優秀だ」
男はとうとう完全に立ち上がった。
和樹に対して体を向け、首を左右にゴキゴキと鳴らす。
刺した腹からは、血と一緒に内臓がこぼれ落ちていた。
「……その体で……何故そう易々と立ち上がれる」
和樹は手にナイフを持ち、両の踵を少し持ち上げた。
戦闘モードだ。
逃げるにせよ、手傷の一つくらいは負わせた方がいい。
こいつは入口からこの部屋まで一直線に来たのだ。
ビルの構造は、おそらく隅々まで知り尽くされている。
「もちろん我慢です。すごく痛いんですよ。今にも気を失いそうだ」
男は言葉とは裏腹にハキハキした口どりでそう話した。
和樹の頬から汗が滴り落ちる。
切迫した状況だ。
今までとのあまりの違いに、口から舌打ちが溢れる。
和樹はナイフを握り直すと、それを即座に投げ放った。
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