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「……大体、俺は本当にここで待つ必要はあるのか?イタズラだった可能性も一応あるにはあるが……」
頭の中で何度もループさせた考えが、ここに来ても尚懲りずに再びその扉を開ける。
まぁ、向こうが指定してきた時間から1時間が経過した時点で、それがそもそもの無難な答えではあるのだ。
常識的に考えて、すっぽかされたと考えるのが妥当。
普通なら、この状況下でまだ待ち続けるという考えの方が間違っているのかもしれない。
なんせ、
和樹は実は、この待ち人のことをほとんど何も知らないのだ。
顔も性別も年齢も目的も何も分かってはいない。
分かっているのはこのくらいの時間に相手がここに来るということだけで、他は特に教えられても調べられてもいないのだ。
情報としてはほぼゼロ。
こちらから連絡を取るといった手段も使えない。
完全に待ちの状況だ。
……何故……そんなことになったのか。
事の発端は、つい先日のことだった。
特に何の日でもないただただ普通の平日の午後。
和樹のプライベート用の携帯に、いきなり非通知の電話がかかってきた。
出てみると、相手は和樹の言い分や言葉になど一つたりとも反応を示さず、完全に一方的に、和樹の名前と職業とこの場所を指定してきたのだ。
声は機械音声で、時間も凄まじく短い。
要は、
相手はシンプルにこちらのことを知っているということだけを告げ、こちらの都合も聞かずに待ち合わせだけを押し付けてきたのだ。
本来ならイタズラ電話と判断して無視を決め込んでもいいような案件だが、しかし、和樹についてはそうはいかなかった。
問題は相手が和樹の『職業』を言ってきたことにあるのだ。
自分の情報の露呈。
他の情報ならまだプライベート関連の厄介事程度の認識で済んだものの、そこについてはそんな程度では済まされない。
和樹はその部分についてだけはありとあらゆる手段を使って、今まで完全・完璧に隠し通してきたのだ。
どのルートを通ったとしても、バレるなんて本来はあり得ないことのはずなのに、相手はそれを知っていて、しかも掛けてきたのはプライベート用の携帯。
さらには待ち合わせ場所は和樹個人が裏ルートで入手したこのビルである。
相手は、和樹にとって知られては困る情報を持ちすぎている。
捨て置くわけにはどうしたっていかない。
なんとしてでも、それは必要極まりないことだった。
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