その1

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尾上慎一郎は白鳳大学の名物教授だ。 数理・計量経済学、及びマクロ経済学が彼の専攻で、学内でも一目置かれている存在。 公ではマスコミへの露出や知名度も高く、そうそうたる実績を誇る学者である彼は、自宅では大変子煩悩な父親に変貌する。 晩婚だった彼には4歳を頭に2歳のふたりの息子がおり、親子共々べったべた、客室乗務員である妻がフライトで自宅を空ける時には子連れ出勤する姿が多々見受けられ、ワークライフバランスや男女均等雇用促進、果ては待機児童問題対策に意欲的に取り組んで学生たちに一石を投じているようではあるが、実態はといえば、天然な彼は周りが見えておらず、要は深く考えていない行動で、子供の存在が学内でいろいろと……物議を醸す可能性があるのには気付いていないという困った一面もある。    ◇ ◇ ◇ ある晴れた日の夜。 彼は普通に出勤し、妻子が待つ自宅へ戻った。 食事の時間には間に合わなかったが、普段より早く帰って来た父親を、子供たちは歓喜して出迎えた。 子供から見れば大男、世間一般の常識から見ても長身である父親は、瞬間的に幼児用遊具になる。 ジャングルジムに登るお猿さんよろしく群がり、わっせわっせとよじ登り出すのが常なのだが、その日は違っていた。 「おとーさん、おかえりー」 「りー」 息子たちが突進するのはいつも通りだが。 「にゃー」 と、息子とは明らかに違う声が混じっていた。 にゃあ? 慎一郎は固まる。
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