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一見すると普通に立っているようにしか見えない父の様子の変化には一切気付かず、子供たちは父に話し出した。
「ねえ、おとうさん、にゃんこなの、にゃんこ!」
長男・一馬は両手いっぱいに毛玉のようなほわほわした生き物を抱えていた。
言われなくてもわかる。
「にゃんこー」
次男・双葉も兄の言葉尻をとってオウム返しする。
「ひろってきたの、かわいいでしょ、ね、ね!」
「かわいいー」
「にゃー」
合いの手を入れるように、鳴く毛玉。毛色は三毛だ。もそもそと、手足をじたばたさせている。
「飼いたいー。飼ってもいいでしょ、ねえねえねえー!!」
「にゃんこー」
仔猫はにゃーにゃーと陽気に鳴いている。
「あら、お父さん、おかえりなさい」
妻である秋良が一拍遅れて声をかけた。
はしゃぐ子供たちに、寸暇を与えず父親は答えた、「ダメだ」と。
きっぱり、はっきりとした口調に、息子はふたりも固まった。
あららら? これは雲行きが怪しくなりそうね、と秋良も目を丸くする。
「拾った場所へ戻してこい」と最後まで、語ることは父親には許されなかった。
「うっわーん!」
と火が付いたように一馬は泣き、その様子につられて双葉も泣き出したからだ。
「おとうさんなんか、だいきらいだー!」
「パッパ、きらいだー」
息子たちはばたばたと元来た道を駆けて戻ってしまった。
「あーあ」
秋良は夫に向かって声をかけた。
お父さん、嫌われたー、と言いかけて、止めた。
彼女の前には、子供に「きらいだ」と言われて、いたく傷付いている父親である彼女の夫がいたからだ。
やれやれ。天下の大学者様が。子供の前では形無しね。
妻は吹き出すのを堪えるのに一苦労した。
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