0人が本棚に入れています
本棚に追加
ひこひこ…と茶色い鼻面が動いた。
濃い睫毛に縁取られた碧玉が、まだ眠そうに何度か瞬きされ、ゆっくりと開く。
「ん~…」
アランはパンの焼ける匂いで目を醒ました。
「おはよう」
心地よい余韻に浸っていると、背中ごしに声がするので見上げると、エプロン姿のエイラがこちらを見ていた。
「早いな、エイラは…」
くぁ…と伸びをして、アランは兎から形を変える。
「よく眠れたようね。さあ朝御飯よ、冷めない内にどうぞ」
ぼさぼさの金髪を撫でつけながら、大欠伸をした彼をエイラの優しい声が撫でた。
長らく嗅いでいなかった懐かしくも食欲をそそるふんわりと甘い香りが鼻腔をくすぐり、アランはテーブルを覗き込んだ。
(なんだか、懐かしい匂いだ)
用意されていたのはパンケーキ。
こんがり小麦色に焼けた生地に、蜂蜜がストライプ模様を描いている。
呆けていたアランだが、腹の虫の盛大な抗議に抗えず慌てて椅子に座った。
「あ、ありがとう…」
「さぁ、あたしの分もできた。食べましょ」
―――――――――――
――――――――――
―――――――――
会話のない時が、黙々と続いた。
部屋の中にはただ、食事をする時の食器が擦れ合う音しかしない。
すっかり朝食を平らげたアランは、満足げに一つ溜息をした。
「はあ…久々に旨いものを食ったな。で…本当にやるのか? 襲うなんて、どうすればいいんだよ…」
アランは椅子から立ち上がると、エイラの背後を手持無沙汰にうろうろ。
「どうって、言葉のまんまじゃない……朝御飯も済んだし、予行演習しましょ?」
アランはビクリと固まった。
凍ったように真直ぐ、エイラの蒼い瞳に射抜かれて心拍数が上がる。
「…われ…時を司りし者…眷族達よ、我に添い遊べ)」
聞き慣れない音律が耳朶を打つ。
不思議な響きの言葉に呆けていたアランは、エイラの指先がふわりと弧を描いたことに気付かなかった。
最初のコメントを投稿しよう!