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ガチャリ、といきなり玄関が開いた。
アランはエイラの肩で毛を逆立てて声高に唸る。
『ただぁいま、エイラ。留守の間はさぞや暇だったでしょうね』
「別に」
勿論、と言いそうになったが首筋に擦り寄ってきた栗鼠のアランによってそれは免れた。
(危ない…)
ここで発破をかけるのはまだ早い。
エイラは、必死に鼻面を擦りつける栗鼠アランを撫でてなんとか平静を保つ。
『なによ、張り合いのない…。――――ちょっと、お前。いいもの着けてるじゃない』
虚を突かれたエイラは一瞬目を瞠ったが、それ以上の反応は今後のために食い止めておく。
『惚ける気かい! 犬ころ以下の癖に、そうはいかないよ。お前に小遣いをやった覚えはないんだ、さあ白状おし』
セシリアが言っているのは、エイラの胸許から覗いている、涙型をした首飾りの頭部分のことだろう。
それはエイラ唯一の宝物で――――亡くなった母親の形見だった。
「母の形見です…」
『嘘おっしゃい、こんな立派なヤツ…街でも見かけない。アタシに寄越しなッ!』
首飾りを引っ張られ、エイラはきつく唇を噛みしめて絞り出すように呻く。
「いやだ…っ!」
『はあ!? ったく、なんだって強情な奴だねぇ、寄越せって言ってんだろっ』
パチン、と嫌な音がする。
首飾りの留め具が外れたのだ。
(あ…っ!)
絶望したエイラの表情を認め、勝ち誇った笑顔のセシリアに義妹達が耳障りな歓声を上げて駆け寄ってくる。
しかし、その時までは何の変容もなかった凪いだ空気が、ふいに強烈な「波」を打った。
「…えせ…っ」
「はあ? 負け犬の癖にめめっちいね。お前なんかにアレは勿体ない代物さ。わかったら早く夕飯の支度を…おいエイラ、お前なに黙り…」
「それを、返せ…」
―――こいつは…こいつ等は、またしても私から搾取する。これ以上は許せない…許さない…許さない、許さない…。こいつ等は、私の大切なものを奪った。今こそ、報いを降す!!
「キュイイッ、キ―――ッ!!」
立ち昇る殺気を気取ったアランが、慌てて肩から飛び降りる。
「 返 せ ! ! 」
……パァァァーーーーン!
エイラの髪を結う飾り紐が粉微塵に爆ぜ、瞳が青く青く爛々と燃え上がった。
轟々と噴出した殺気に家屋全体が軋みをあげながら揺れ、空気さえビリビリと攪拌されている。
「愚かしい小物共が、驕るのも大概にしろ!」
ぎろり、爛々と燃える碧眼を向けられ、セシリアは娘達を両腕に抱いて震え上がった。
『なっ…なんだいお前、この、化け物!』
「そう言いたいなら勝手にしろ。だがお前達には責を負ってもらうぞ」
『せっ、責だって!? ふざけるんじゃないよ…化け物の癖に!』
僅かにいつもの調子を取り戻したセシリアは、二人の娘を背に庇って憤然と肩を怒らせる。
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