2話 野に死す―――決別の咆哮

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【酷いわぁ、私をお忘れかしら? ご主人(マスター)】 「テュール!?」  銀色の逞しい狼がエイラを背に庇い、主の敵と対峙する。  しかし、対するセシリアも負けじと全身の毛皮を逆立てて威嚇をする。 『なッ、なんだいお前は!? 邪魔立てするんだったら、同族だって容赦しないよ!』  しかし、明らかな劣勢を察したのだろう。  耳を伏せ、怯え気味のセシリアをテュールは嘲笑った。 【おおイヤだ…人間臭くて吐き気がする。お前が同族だって? この見下げたゲスが、どの口がモノを言うんだ。え? ふざけんじゃねえよテメエ…】 『ひいっ…』 【マスター…ご命令を】  舌なめずりをしながら樮笑むテュールに、エイラはやがて抑揚のない声音で“裁き”の許可を与えた。 「テュール…お前に任せるわ。好きにしていい」 【御意。それじゃあ、後ほど報告に】 「ええ」 『何してんだいっ、お前達…早く逃げるんだよ!!』  娘達に向けて声高に吼えるセシリアだが、その口からは直ぐにくぐもった悲鳴が上がる。  テュールが、獲物の喉に喰らい付いたのだ。 【貴様…狼族の恥になる前に死に失せろ】  響く断末魔。  そして鈍く、骨が砕ける音がした。  オロオロと狼狽る小狼たちの脇を抜けて、エイラは走りだした。 「アラン、平気?」 「な…なにが、一体、どうなって…あの狼は!?」 「テュールは、あたしの遣い魔。身内よ…喰いとめてくれているの」 「大丈夫、なのか!?」 「さあ? 分からないわ。でも、今はとにかく先を急ぎましょう」  アランが訊ねているのは、テュールという狼が本当に安全かということなのだが、エイラはそれに応えてはくれなかった。 (安全!? そんな訳、ある訳ないだろ!!)  突如加わった巨狼・テュールに、不安を隠しきれないアランだった。
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