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(あ…ンの野郎!)
「アラン……ねえ、悪いんだけど……退けて?」
「ぁ……? ごごごごごめんんっ!!」
(近い~~~~~~~~~~~っ!!?)
幾分か困惑したエイラの声。
そして、ちょうど圧し掛かるようなこの体勢。
即座に現状を理解したアランは、みるみる内に赤面してそのまま逃げる勢いで後ずさった。
「怪我はない?」
「ぁ…ああ」
髪についていた枯れ葉や土埃を払いながら笑むエイラに、静まりかけた鼓動がまた可笑しな具合に跳ね上がるのが解る。
早鐘を打つ心音が、耳を聾して落ち着かない。
――――ぐりっ!
【痛えっ!】←痛みで、つい地が出た。
「痛いじゃない、テュール…」
エイラは、アランに向けたものとは別種の微笑みを浮かべ、逃げようとしたテュールの尻尾をしっかりと踏みつける。
結果的に、エイラを守ることになったアランに罪はない。
悪いのは、調子づいたこのテュールである。
「テュ-ル。今と違うモノになりたい?」
にっこり。
それはもう、にっこりと黒い妖笑を浮かべるエイラからは濃密な魔力がアイロンの蒸気のように噴き上がる。
【やめろ…いや、やめて…くださいませっ】
気圧され、すっかり委縮したテュールに少しだけ同情した次の瞬間、アランは張り裂けんばかりに大きく目を瞠った。
(ちゅ)
「はああっ!?」
鼻の頭に触れた柔らかな熱に、髪が逆立ち全身を鳥肌が走った。
「すぐ戻るわ、ここで待っていてね」
吃驚したままの表情で氷結したアランは、不意打ちに今度こそ本当に心臓が止まりそうになった。
「エイ…ラ」
赤面したアランは、エイラを見送りながらただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
「(自惚れても、いい…? いやいや、でも…きっと、きっとこれは挨拶だ。うん、そうだ、これは挨拶だ。そうに違いない!)」
そうでなければ、諸々の抑えが利かなくなってしまう。
逃亡者なのに、幸せすぎて怖い。
(好かれていると…いっそ自惚れてしまおうか)
雨粒の一滴が、やがて器を満たすように淡い想いが増していく。
(だが、誰にも信じてもらえなかった自分に、何ができるだろうか。誰かを愛するチカラなんて、持ち合わせているんだろうか…?)
《 自分に、なにができる…? 》
突き詰めたアランは、急に心細くなった。
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