3話 始祖の血を継ぐ者――水龍の歌

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◆ 【エイラ、なぜあの家から出た? あれはお前を隠す砦だったのに】  歩みを止めたテュールの瞳が、非難を込めて真直ぐに主を見つめた。 「あたしは…『誰かを失う』歯車を壊したい。奴らとは、共に暮らす必要性が見出せなかった…只それだけよ」 【(先代の……リシルの時のように)すぐに、追手が来る…狙い撃ちにされるぞ!】 「そうね。でも……みすみす殺られはしない。あたしはね、ずっと持ち去られた自分(ラティア)を取り戻したかったの。その為だけに、生きてきたわ」  今にも泣き出しそうなエイラに、テュールはきつく寄り添った。 【エイラ…】 「それにね…もう、貴方みたいな人を作りたくないの。テュール、憶えている?」 【俺が……禁忌を犯した、元人間だってことだろう? 忘れたくても、忘れられないさ】  どれほど昔だろうか。  それすらも忘れてしまうほど、遥か忘却の彼方のことだ。  テュールは、かつてズミェイ…始祖龍について調べていた高位魔術師だった。  “始祖龍の宝玉・ラティアは、得た者に永遠の美と不死を齎す”  一体、誰が言い出したのかなどは不明。  実しやかに囁かれる噂に、慾を持った者たちが群がってゆき…その様は、零れた砂糖に群がる蟻の如く。  拙い噂話だった仮説は、いつしか頑なな不文律に成り上がっていた。  ラティアは……誰かの手に負えるものではない。  時間に干渉することは、何人においても禁忌。  よって、触れた者には重い罪科が下されるのだ。  ラティアは、時を紡ぐ始祖龍のみが持つ『命』そのもの。  誰も救いはしない。  そんな事実など識らずに、皆…ラティアを手に入れれば救われると信じ込んでいた。  テュールも、当時その一人だった。 【……行くんだな?】 「ええ。必ず、ラティアを取り戻すわ」 【…解った】 「王都へ…。まずはアランの冤罪を解かなければ」 【その前に、少しアイツに話しておきたいんだが……『ラティアの真実』を。いいか?】 「ええ」  テュールは左右に大きく尾を振ると、ゆっくりとその形を熔かしていった。
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