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◇
朝陽の淡い光のヴェールが夜明けの森に拡がり、露を纏う蕾の1つをそっと撫でた。
つやつやと輝く夜露の雫は、ゆっくり、ゆっくりとその花弁を綻ばせていく。
朝露を宿しながら咲ききった薄桃の華は、やがて大地に華の生気が結晶化してできた薄桃の宝玉を落とした。
◇
【冷えるな…。エイラ、大丈夫か?】
早朝の森に、さくさくと靴底が草を分ける音が小気味よいリズムを刻んでいる。
先導するテュールが問いかけと共に振り返ると、後ろで束ねている彼の銀色の髪が、ふっさりと尻尾のように大きく揺れた。
「清しい空気だわ、さすが聖域。聖気が充ち満ちている…」
エイラは本当に気持ちよさそうに目を細めると、薄桃の花が落とした結晶を拾い上げる。
「“朝御飯よ、さぁおいで”」
ほんの一瞬。
エイラは内緒話をするような小さな声音で、宙に呼びかけて独自の言葉で呼び掛けた。
結晶を拾い上げた指先には、いつの間に現れたのか指令の青い糸蜻蛉が留まって給仕を待っていた。
繊細な前脚が、差し出された薄桃の結晶をしっかりと受け取る。
一見、下手をしたら華奢な糸蜻蛉が潰れてしまいそうな危うい光景に見えるけれど、そういう訳でもないようだった。
かりかりかりかり…と、まるで栗鼠のように薄い飴を噛んで、糸蜻蛉は花の結晶をあっという間に平らげてしまった。
そして青銀色の翅を震わせながらエイラの周囲を旋回すると、光の粉を撒いて弾け消えた。
「テュール…」
【ん?】
「私は平気よ」
振り向いたテュールの瞠った瞳と、艶然と笑むエイラの緑い瞳が重なる。
2人の間を、冷えた穏やかな風が一頻りに撫ぜていく。
テュールは、唐突につかつかと足早に間を詰めて傍らまで来ると、やんわりとエイラの頬を撫で、そのまま指先で華奢な顎を捉えた。
【そうか。大事なくてよかった】
鋭い目許を和らげる仕種は、明らかにエイラへの艶気を帯びていた。
「~~~…っ、げほ、ごほんッ!!」
なんとも言えないいい雰囲気に、外野のアランはムッと眉間に皺を寄せ、大きな咳払いを1つ投下した。
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