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「綺麗」
一歩家から踏み出した先の世界は、エイラにとってとても美しく感じられた。
青く凪ぐ緑の丘。
そして群れて咲く野の花たち。
緑の中でひときわ引き立つ、漆黒の獣。
漆黒の立派な体躯をした雄狼が、窓の向こうからこちらを見上げていた。
エイラは、不思議となぜかその狼が怖くなかった。
「こんにちは、いい天気ね」
狼は気分よさそうに尾を振ると、ニィと牙を見せた。
エイラもそれにニッコリと笑み返す。
「綺麗ね、あなた」
狼は、精悍な美丈夫。
艶を帯びた漆黒の毛皮は、まるで清流の中で光を受けて輝く黒曜石の欠片のようだ。
狼の、深いエメラルドの瞳がエイラをどこか熱っぽく見つめる。
エイラを見つめたまま切なげに鼻を鳴らすと、狼はやがてくるりと背を向けていなくなってしまった。
「あっ…行っちゃった。ハムでも上げようと思ったのに」
†
漆黒の狼は治まらない動悸のまま、森の中へと掛け込んだ。
「…まだ、ドキドキしてる」
狼もとい、逃亡中のウィザードは舒ろにその姿を元に戻す。
熱された飴が熔けるように狼の姿が伸びて歪み、やがてそこに黒い外套を纏った金髪の青年が現れた。
(それどこじゃないってのに…彼女の顔が、離れない)
彼女の、アイスブルーに澄んだ孤高な目。
孤独を知っている目。
自分と同じ。
そして、紛れもない強力な魔力の気配。
誰にも媚びないその眼差しに、一瞬で魅せられた。
(また、逢いに行こう)
彼はもう一度エイラの笑顔を思い出すと、笑みを深くした。
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