クソッタレの世界に唾を吐き棄てるように

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 彼は生まれて初めて名を訊ねられたことに戸惑ったが、「クロワッサンマンだ」と答えた。 「クロワッサンマン…………」紳士はその言葉の響きを確かめるように呟くと、また彼に訊ねた。「その名前は、誰がつけた?」 「知らない」  冷たい孤児院で物心ついた時から彼はクロワッサンマンだった。不思議といえば不思議だった。幼くして孤児院に連れて来られた者は孤児院で名前を与えられる。クロワッサンマンもそういう孤児の一人だったはずだ。が、孤児院の人間が用意する名はいつも「ジャム」だとか「肉」だとかいうおざなりなもので、「クロワッサンマン」などという立派な(少なくともまともな)名前を与えられた者は、彼以外一人としていなかった。  しかしその名前は彼の人格と分かちがたく原始的に結びついていた。  恐らくは、彼の親がつけたものだ。 『親』というものを知らない彼も、そのことだけは直感的に感じ取っていた。  彼は時々父親の夢を見た。
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