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それは、遠ざかっていく男の背中をただ眺めているというものだ。背景は曖昧で、荒野のようでもあり草原のようでもある。
その男は自分と、観念的に結びついている。
あの男が自分の父親なのだ、と彼は思う。
父親は遠ざかっていく。彼は動くことが出来ない。
父の背中が段々と小さくなっていくのを彼は為す術もなく見つめている…………。
クロワッサンマンはこの情景を記憶とは呼べないと思っている。これはあくまでもイメージであって、観念的なものだ。
しかし一方で、その中には恐らくいくつかの真実が示唆されているとも感じている。
――両親は、俺を棄てた――。
彼は監視者から視線を外し、空を見上げた。
空は鈍い灰色の光化学スモッグを重くもたれかけさせて、どんよりと低く垂れ下がっていた。
その下の世界は厳然とした言論統制が敷かれ、路地裏には浮浪者が溢れている。その光の無い瞳に映る往来の人々の九十五%が現政権を支持しており、残りの五%は遠からぬ将来、クロワッサンマンや清掃人によって処理されるだろう。
両親は俺を棄てた。
このクソッタレの世界に、唾を吐き棄てるように。
クロワッサンマンは再び、依然として鋭い視線を彼に注ぐ三百メートル先のビルの七階を睨む――。
――監視者は息を飲んだ。双眼鏡のレンズを通して、クロワッサンマンは監視者を見ている。その視野の中心で、クロワッサンマンは中指を立てた。
そして人通りのない早朝の歩道を、クロワッサンマンは確かな足取りで遠ざかっていった。
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