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お前は優れた兵士だった。俺が捻ったお前の首は、厳しい訓練によって鍛え上げられた優秀な兵士の首だった。その上お前は慎重で思慮深く、職務に対して誠実だった。隙と呼べる程のものはお前には無かった。ただ、それより更に、隙の無い相手に忍び寄りその生命を断つ俺の技術が優れていたというだけだ。
男は心の中で番兵の死骸にそう語りかけながら、細い金属の工具を巧みに繰り、裏門の南京錠を解錠した。
そして、門扉を人一人分ほど開き、片手を挙げて『前進』の手信号を送ると、彼の後へ、今まで物陰に隠れていた男達が五、六人続いた。
男達は皆、黒い戦闘服に身を包み、頭部をすっぽりと覆う黒のフェイス・マスクを被っていた。露出した目の周りにも黒い顔料を塗布してある。
彼等は夜の闇に溶けていた。ただ、その中に溶け残った眼球だけが、時々ぎょろぎょろと動きながら、厳重な警備を敷く収容所へと音もなく近づいていった。
その道程で、何人かの番兵がまた音も無く死んだ。
◇◇◇
冷たい石畳の上に靴音が響いた。常人の耳には聞き取れぬ程の、微かな音だ。
男爵はその音を聴きながら、鉄格子の向こう側を眺めて静かに笑っていた。
鉄格子の向こう側に何があるというわけでもない。あるとすれば、それは闇だ。
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