暗闇に穿たれた空白から溢れ出すもの

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『特別隔離収容所』と言えば、この国で知らぬ者はない。それはある意味において、帝国の権威の象徴であると言ってよかった。  しかし一方で、警備厳重を極めたこの牢獄が、実に地下十三階に至るまで、執拗く地底に突き刺さっているという事実を知る者は少ない。  ここに収容された者は、戸籍を始め、その者がこの世界に存在していた公的な記録の全てを抹消される。彼(或いは彼女)が、この牢獄の地下に捕らえられている事も含めて。  それこそがまさに、『特別』に『隔離』『収容』されるという事の意味だった。  地下十三階。地上のあらゆる光、あらゆる音、あらゆる思想から隔絶されたその世界で、男は静かに笑っていた。拘束具によって四肢の自由を奪われ、首と肛門、尿道からチューブが延びている。彼は今や、首から点滴によって注入される栄養素を、汚物に変換するだけの装置でしかなかった。  しかし、その眼は、闇の中に確かに存在する一点を見つめながら、やはり静かに笑っていた――。  地下十三階の看守は、肌に刺さる視線の感触に戦慄した。  看守室を一歩出れば、そこは一切の光を持たない闇の世界だ。
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