暗闇に穿たれた空白から溢れ出すもの

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 唐突な沈黙が訪れた。  牢を挟んだ目の前の看守も、奇怪な声音を絶った隣の女も、その魂を肉体に宿してはいなかった。 「なんだ。もう、死んでしまったかね。まだ話の途中だったのに」  男爵はそう言って静かに笑った。 「話の続きは私が聴こう」  男爵は闇の中に、事の一部始終を捉えていた。看守の死骸が横たわっているすぐ傍に、別の男が立っている。 「ナニ、ここからは君も知っている話さ。柿ピー子爵」 「そうか」  柿ピー子爵と呼ばれた男はそれだけ言うと、ライターに火を灯した。それを合図に、音もなく駆け寄った彼の部下が、男爵と子爵の間を分かつ鉄格子の錠前に工具を差し、小気味よい金属音と共に程なくそれを解錠した。  柿ピー子爵の指示で男爵の四肢の戒めは解かれた。 「気分はどうだね」  柿ピー子爵はライターの火をランタンに灯していた。蝋燭の淡い光が七色の光彩を顕しながら、周囲をぼんやりと照らした。  廊下は長く、蝋燭一本の光では到底届き得ない闇が、右にも左にも、依然果てしなく延びていた。しかし、ともあれその光は、その果てしない闇の中に一つの空白を穿ち、そこから溢れ出す何かを密かに暗示していた。
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