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「うん。悪くない気分だ。少々、名残惜しくはあるが。ここの居心地も、見た目ほど悪いものではなかったからね。特に考えごとをするには打ってつけだ。どうだね。君も五年くらい、入ってみるといい」
「遠慮しておこう」
柿ピー子爵がそう答えると、男爵は満足そうに笑いながら覚束ない足取りで歩き始めた。子爵の部下がその足取りを支えようと駆け寄ったが、男爵は掌を挙げ、無言でそれを辞した。
「歩けるのか」
子爵は目を見開いて言った。
男爵は目を細めた。
「意志さえあれば」
長い監禁生活が奪った男爵の脚力は、到底彼の自重を支えるに足るものではなかった。しかし衰弱した筋肉に代わって、骨と意志とが彼の歩みを支えていた。
男爵が独房から踏み出した時、子爵のランタンに隣の女の死骸が照らし出された。子爵の部下が放った投げナイフが、垢と脂で厚くなった皮膚を破り、眉間に深く突き刺さっていた。そこからは、早くも腐敗の兆しを臭わせる粘り気の強い血液が、ゆっくりと彼女の鼻の横を不吉な速度で這い進んでいた。
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