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スクリーンが精悍な顔付きの帝国軍人と、別れを惜しむ恋人のキスシーンを映し出した時、不意に人の気配を背中に感じた。
「あんたか……」とクロワッサンマンは言った。視線はスクリーンに向けたまま。それが秘密を売り物にする彼らの流儀だった。
「どうかね。たまには劇場の椅子に寛ぎながら、映画というのも悪くはないだろう」
「退屈だ」
クロワッサンマンはそう答えながら、背後の男の気配を探った。口調は電話の男に近かったが、声が違う。鍛えられた胸筋に反響させられた、大柄な男の声だ。周囲に漏れ聴こえぬように小さく押し殺した声だったが、クロワッサンマンにはその男の成り立ちがなんとなく分かった。
「それは残念だ。評判のいいタイトルを選んだつもりだったんだが」
「先が読める話ほど退屈なものはないだろう」
「なるほど」と言ったきり、男はしばらく黙り込んだ。
スクリーンの帝国軍人は、ジープに乗り込み社会主義者共の根城へ向かおうとしていた。後部座席の同僚は敵のスパイだろう。
「例えば……」と男はまた話し始めた。「君にその映画の先が読めるように、世界という物語の先が読める人間がいるとしたらどうする」
「未来を見るということか?」
「簡単に言えばそうだ。しかし、勝ち馬を予測するというような小さな話じゃない。もっと大きな、世の中の流れの方向を読む力だ」
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