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クロワッサンマンは辺りを見回した。『君の目の前にある煙草屋』…………。
見張られているのだ。しかし周囲にそれらしい影はない。
「おっと、復唱するなよ。メモもとるな。もう一度言うかね?」電話の男はおどけた調子で言った。
「必要ない」
紙巻きを二カートンと六つ、葉巻を五本、マッチを七箱。
このパスワードが彼の命を繋ぐ。
復唱もメモも必要ない。この程度の事を暗記出来なければ、彼は今頃生きてはいなかっただろう。
「ではまた、愛国者の働きに期待しているよ。ごきげんよう」
「これは忠告だが、その『愛国者』云々の文句は考え直した方がいい」クロワッサンマンは吐き捨てるように言った。「ダサいぜ」
返事は無かった。数秒の沈黙の後、前触れもなく電話は切れた。
受話器からは、通話が繋がっていない事を示す電子音だけが聴こえた。彼がこの世界の誰とも繋がっていない事を証明するかのように。
受話器を置くと、聴覚に向かっていた意識が彼の全身に戻っていった。後頭部に視線を感じる。
彼は振り返って、視線の方向を睨んだ。約三百メートル先の、オフィスビルの七階。もちろん、肉眼では確認できない。しかし彼には直感的にそれが分かった。
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