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長い沈黙。もう一度声を掛けようか考えていると、佐野がゆっくり顔を上げた。
「あ、の……これ」
そう言って俺を見て、またすぐに視線を下に落とされる。黙って続きを待っていると唐突にお辞儀をするように頭を下げ、焦げ茶色の小さい箱を差し出された。
これ、チョコレート?
「……貰っていいの?」
思わず出た言葉。
「あ、は、はい。貰って下さい」
そう言いながらも佐野は下を向いたまま。
こっち、向けよ。
「……ありがとう」
箱を受け取るとラッピングに書かれたロゴから予想通りそれがチョコレートなのが分かった。それも美味しいと評判の専門店。
今日はまだ二月十三日。わざわざ義理チョコを前日に持ってくるとは考えにくい。
でも……七月に来た時、彼女の目は血液内科の高坂医師を追っていた。
……これはどういう意味?
俺はどう捉えれば良い?
そのまま他に言葉もなく立ち去ろうとした佐野の腕を咄嗟に掴む。
状況は本命であることを示している。それなのに、高坂医師を見つめていた彼女の顔が脳裏をちらついてしまう。
「これ、本気にして良い?」
祈るような確認。
佐野が驚いたように俺を振り返った。真っ直ぐに見上げてくる黒目がちな瞳。
「……は、い」
少しの間を挟んで頷いた彼女を思わず引き寄せていた。
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