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あれは、数年前..こんなことになる前だった。この季節屋敷の桜が満開だからと仲の良い奴等を呼んで、日々宴会をしていた。
仲間と呑む酒は格別旨かったのを覚えている。
そんな時、毛利の顔が浮かんだ。
どうせ来ないと分かってはいたが、一人だけ呼ばないのも寂しいかとほんの気まぐれで文を書いた。
桜が綺麗だから見に来ないかと、簡潔な文を毛利へ送った。
―――その二日後の夕刻
『今晩、屋敷へ行く。』
毛利からの返事の内容に、思わず声に出して読んでしまう。返事すら来ないと思っていたのに...もしかして何か買えとか脅しに来るんじゃ..
連日続いていた宴会は、ちょうどその日はなかった。さすがに疲れが出てきていたが、今の俺は疲れなんて忘れて慌てて準備に取り組んだ。
――――
――――――――
「来ないじゃねぇか。」
日は沈み、満月が空高く昇っても毛利は来なかった。
まさか騙された?あの毛利だ、必死に準備をした俺を笑うだろうか。
あ、やばいな..泣きそうだ..
「見事な桜だな。」
――――――え
「..毛利?来ないんじゃなかったのか」
「お前は馬鹿か?行くと文を送ったろう。ほら、土産ぞ。」
どさりと置かれた土産を見ると、どれも貴重な酒ばかりだった。
酒なんかよりも毛利が来てくれたことが嬉しくて、また泣きそうになってしまう。どうやら今日の俺は本当に疲れてるんだな、毛利が来てくれてこんなに嬉しいなんて。
「これ、全部食え。そして太れ!」
「食えるかこんなに。..どうした、目が赤いぞ。」
俺の目を覗き混む瞳は少しだけ心配そうに揺れた。
...駄目だ、どうした俺!
「宴会続きで疲れててな。それでだ!」
言った後慌てて疲れてないと言い直す。こいつに気を使わせたくない。
「ったく、馬鹿か貴様は。酒ばかり呑むからそうなるのだ。目を閉じよ。」
毛利の手が俺の目を覆い隠す。ひんやりとした手が妙に心地よくて、心臓はばくばくと高鳴っているのに気持ちのよい眠気が襲った。
「...ほら、見てみろ。」
...なんだ、これ..!
毛利に促されるまま瞼を上げると、目の前に広がる桜がふわりと舞い上がった。
花弁の一つ一つがきらきらと輝いていて、蛍が飛んでいるかのようだった。
「毛利、これはあんたの術か?」
「そんな訳なかろう。目の前の欲望しか見えていなかっただけだ、馬鹿が。」
毛利の時々挟む毒づきも今は何も気にならない。ただ目の前の桜に見惚れた。
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