編入

5/17
前へ
/30ページ
次へ
───── 「桜好き…なの?」 ふと猿飛がぼそりと呟く。聞き逃してしまいそうな質問に、我は少しだけ考えてから答えた。 「好きだが…桜が嫌いな者などいるのか?」 「いや…その嫌いな人にあんたが当てはまるんじゃないかと思って。」 我が桜嫌い? 「毛利サンは…どうして桜好きなの?」 予想外の言葉に思わず固まっていたが、慌てて意識を質問へと向ける。 どうして桜が好き、か… 何故そのようなことを訊かれるのか、見当もつかない。そもそも日本人の桜好きに理由が必要なのだろうか… 「理由はない。………言うとすれば“懐かしい”だろうか。」 「懐かしい?」 「ずっと遠い昔、誰か大切な人と見たような気がするのだ。とても愛しい…大切な人と。」 ────パキッ 不意に後ろで小枝が折れる音がして慌てて振り返った。 左目を包帯で隠した体格のいい男がじっと我を見つめている。 「西海の鬼…」 この男が…? 猿飛の呟いた言葉で猿飛とこの男が知り合いだとわかった。 しかしゆっくりと男の瞳は、憎しみの色に染まっていく… 「……り、もうり…毛利ぃぃぃい!!!」 ───ブワッ!! 男の手に握られていたバットが真っ直ぐに我を狙う。目を閉じることすら忘れた我を、間一髪で猿飛が助けてくれた。 「西海の鬼!!ちょい待って!!」 猿飛の必死の呼び掛けにも男は反応しない。我を庇う猿飛にも焦りの色が見える。 仕方ない、か。 「猿飛、下がれ。」 どうやらこの男は我を狙っているらしい。理由は知らぬが、それなら猿飛は巻き添えということになる。 今度は逆に猿飛を後ろへと引っ張ると、一瞬の隙を見て男との間合いをつめた。 「───っ!!?」 そのまま手に持っていた鞄を男の腹に思い切り叩きつける。 「隙があるぞ、鬼よ。」 さらに腹部を押さえ、痛みに耐える男の足を引っかける。 「毛利…てめぇ…」 「我は確かに毛利だが、貴様のこと等知らぬ。人違いぞ。…ったく、猿に続いて鬼とは、我は桃太郎にでもなったのだろうか。」 我は愚痴を溢す。こんなにも人違いをされるとは、“毛利”には文句を言わねばな。 「は?…お前、何言って─」 「毛利サンは、俺様達の知ってる“毛利元就”とは違うんだ。」 猿飛の言葉に、男は目を真ん丸にして我を見つめていた。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

27人が本棚に入れています
本棚に追加