鴨と鷺

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浅沼は夜勤帰りからか、しきりに凝った肩を回していた。羽織っていたコートが擦れ音を立てる。 「ただいま」と誰も出迎えてくれない部屋に呟いた。テレビの近くに置いてある水槽がゴボコボと空気を取り入れている音しか聞こえない。水槽には色鮮やかな金魚が数匹泳いでいて、動かすヒレが浅沼には出迎えの仕草に見えた。 「腹へっただろうお前ら、夕飯だ夕飯」 水槽に金魚の餌を振り入れる。餌が漂っている所に金魚達が集まって来て口をパクパクと開いた。 コートをソファに掛け、全身から凭れるように腰を掛ける。肩が更に重くなるのを感じた。 溜め息を吐き天井を眺めると、一匹のヤモリが張りついていた。「キキキ」とヤモリが鳴き、天井じゅうを移動しては止まってを繰り返した。餌となる害虫をさがしているのだろう、と浅沼は思った。 「この部屋には俺と金魚とお前しかいないぞ」と浅沼はヤモリに話し掛けた。 ヤモリはまた「キキキ」と鳴き、カーテンの裏側へ身を隠した。
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