第零章

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「さっ……!」  敬礼する間もなく拳骨が飛んでくる。あまりの痛さに頭を抱える私に、教官は大音量で怒鳴った。 「教官への愚痴言う暇があるなら自主練でもしてこい!」  私は改めてその容姿を見つめる。  その風貌は異様なもので、長い黒髪を低い位置で結い、右目を隠すように右顔半分に包帯が巻かれている。  鬼狩で指定された黒いジャケットにスラックスの隊服ではなく黒い忍装束を着ており、それに加え体全身――肌を露出しているところ全て、指先にまで包帯が巻かれていた。  左目は鋭い澄んだ黒の瞳だ。  やはり櫻庭教官は典型的な口より手が先に出るタイプのようだ。 「まあまあ、落ち着いてください櫻庭隊長。メシアズも要領よく逃げるのも大事だぞ。ほら、柳のように」  そう言って笑いを堪えているのは瑠璃色の髪を後ろで結い、瞳は吸い込まれるような金色をしている、がたいのいい男の人。副教官の稲葉さんだ。フルネームは確か、稲葉 浩司(いなば こうじ)。  櫻庭教官は「稲葉、お前な……」と呆れたような声を出している。 「櫻庭さぁ、女の子相手に拳骨はないんじゃない?」  櫻庭教官にそう声をかけたのは先ほど話に上がっていたユキ第二小隊隊長だった。  櫻庭教官とは対照的に、彼より背が高く白い髪に蒼いくすんだ瞳をしている。  たたえられたのは穏和な微笑。隊服である黒いジャケットは、訓練後で暑いのか肩に掛けられていた。
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