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雪翔が、琴梨のためにそう言っているのはわかる。
琴梨が一生魔界の者たちに追われるのではないかと、雪翔は危惧しているのだ。
しかし、いくら大好きな雪翔の言葉でも、これだけは譲れなかった。
「そんなこと、もう言わないで。あたしが何のために魔界まで行ったと思ってるの」
雪翔の隣に腰を降ろして、琴梨は繊細な白い顔を両手で包みこんだ。
ちょっぴり拗ねた表情で、じっと雪翔をみつめる。
「……わかったよ。参るな、僕のお姫さまには」
長い睫を伏せて、雪翔は諦めたように苦笑した。
「ふふ」
くすぐったい気分で、琴梨は雪翔の胸に頬をすり寄せた。
「早く夜にならないかしら……」
「さっきから、そればっかりだね」
「だって、待ち遠しいんですもの」
仔猫のようにじゃれあいながら、二人は夜がくるのを待った。
春の陽は少しずつ少しずつ傾き、やがて夜になった。
月が出ているのを確かめようとして、琴梨はステンドグラスに歩み寄った。
窓が大きく割れた箇所から、身を乗り出して夜空を見あげる。
丸い大きな月が見えた。
琴梨はホッとして、雪翔の側に戻ろうとした。
その時。
近くのステンドグラスが派手に砕け、黒い人影が疾風のように躍りこんできた。
驚いて立ちすくんだ琴梨を、長身の闖入者がはがいじめにする。
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